JA尾鈴は、消費者と生産者をつなぐ「架け橋」を目指し、活動しています。

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10月23日(月) 「通過?」

 台風21号は宮崎のはるか沖合いを通過したので、ほとんど被害を受けずに済みました。そして雨雲も一緒に運び去ってくれたので、今朝は10日ぶりに晴れた朝を迎えました。

 ただ、宮崎にとって被害が無くても、土砂崩れや浸水など、あちこちで様々な災害が発生しているようです。亡くなった方や行方不明者もいるようで、上陸した地方、雨・風の被害を受けた地域など、心よりお見舞い申し上げます。

 そんな晴れ間もいつまで続くのやら、今日の昼には次の台風となるであろう熱帯低気圧が、21号の発生した地点の海上に生まれています。日本近海の海水温が高かったからでしょう、21号は当初予想よりも強力に、そして大型化しました。

 どんな進路をとろうとも、そして上陸しなくとも、先島諸島や八丈島など離島は必ず被害を受けています。気象用語では、台風の「上陸」は九州・四国・本州・北海道の海岸に達した場合に限り、沖縄などは直撃しても「通過」だそうです。差別的な用語のような気もしますが、21号通過で海水温が下がり、熱帯低気圧が大型化しないように。単なる通過で終わるように。

※写真は台風通過後の昨日の夕焼け

10月20日(金) 「今頃台風?」

 台風が来そうだ。21号が発生し、北上している。来てくれなくてよいのに、やって来る。まったくもってありがたくない気象です。

 紅葉の時期も近づき、少し寒くなり、今から冬を迎えようというこの時期に。台風が過ぎ去るまでは、雨模様の天気が続くことでしょう。

 予想進路は日向灘沖を北上し、中心は高知から紀伊半島方向を向いているようです。21日から22日にかけて勢力を強めるようで、中心気圧945hpaとの予報もあります。

 日曜日以降の進路が、7月に上陸した5号に似ているように感じます。同じような被害が出ないことを祈るばかりです。

※写真は庭の花

10月19日(木) 「スポーツの秋」

 きょうは女性部川南支部のミニ運動会に参加し、久しぶりに体を動かしました。主治医からは定期健診のたびに、最低週1回40分以上、汗を流すような運動をと指導されますが、なかなか実行しません。

 まずは準備運動のラジオ体操から、いつやったか記憶にもないくらいですが、入念に体を動かすと終わった時には汗ばむくらいに体温が上昇していました。音楽に合わせ、間違うこともなく、最後まできちんとできたことには自分でも感心しました。「三つ子の魂…」ではないでしょうが、小学校で覚えた体操は、体が記憶しているのでしょう。

 運動会ですから障害物競走やリレーがあるのは当然ですが、プログラムには「せんぐ撒き」までありました。70歳以上の部と、それ以下の部に分けられた催しは大反響でした。「せんぐ撒き」は、本来餅を主体に撒くのですが、今回はお菓子だけなのにその盛り上がり方はすさまじいくらいでした。

 最後には参加者全員に景品が当たる抽選会も準備してあり、様々なAコープ商品が配られました。150名が参加した運動会は、けが人もなく無事に終了することができました。そして多くの方と触れ合うことができたのも、私にとって大きな収穫でした。良い汗はかいたのですが、2日ほどして体のあちこちが痛み、「なんでだろう?」と思う事のないよう、常に運動を心がけたいものです。

※写真はリレーのスタートと、アンカーを務めるために準備運動中の幹部たち

10月18日(火) 「食品ロス」

 10月16日は世界食料デーと、日本農業新聞の四季蘭で知りました。その16日に大手小売りが、賞味期限を「年月」表示に切り替えると地元紙やテレビで報道されました。

 まさに食料デーのその日に、食料の廃棄問題をぶつけてきたように感じたので、取り上げてみました。まだ食べることができるのに廃棄される「食品ロス」が年間600万トンを超えることを、以前にも取り上げました。これは国連が実施する食料援助の320万トンをはるかに上回る量です。世界の飢餓人口が8億人といわれるいま、日本は輸入して捨てる無駄な食料を減らすだけでも、国際貢献になるはずです。

 加工食品の賞味期限から「日」が消えるだけで、単純でも半月は期限が伸びる計算になります。テレビで紹介されたのは、いくら不足が見込まれようと「10日」期限の倉庫には、「5日」期限の品物は補充できないとのことでした。地元紙には、売れ残った賞味期限前の食品を生活困窮家庭に寄付する取り組みや、売れ残り食品を肥料にリサイクルする取り組みも紹介されていました。

 日経には、栃木県のパン屋がパンの缶詰を、賞味期限が切れる1年前に回収し、発展途上国に義援物資として届けていることも紹介されていました。もちろんこのような取り組みは必要ですが、食品ロスを生じない取り組みこそ必要なのではと、あらためて考えた日でした。

※写真は白い彼岸花

10月13日(金) 「選挙権」

 報道は10月に入ってから選挙一色で、10日に公示があったもののすでに食傷気味です。昨日は与党有利との報が流れ、幹事長や代表が油断するなと引き締めにかかったようです。

 朝礼や会議冒頭のあいさつで、若い職員には棄権することなく必ず投票に行くようにと話しています。投票しなければ何も変わらないし、少しずつでも自分の意思を表明することが将来につながるからと、棄権防止に少しでも役立てばと思いながら。

 自分は一回も棄権したことはありませんが、今回はどうにも意識が高まりません。争点が見えないこともあるのでしょうが、耳触りの良い公約しかないことも一因のような気がします。以前書いたように消費税だけでなく、憲法改正にしても、国会でまともに議論しつくしても結論が出ない時なら解散総選挙もありでしょう。議員としての責務を果たすことなく、自分たちの都合で解散しながら6百億とも8百億円ともいわれる選挙費用、そんな無駄遣いは本当にもったいない。

 最近、新聞の選挙関連は読まないし、テレビで党首の演説や候補者の政見放送になるとチャンネルを替えています。どうしても白々しく映るからです。本音を見透かす若者もいるでしょうし、将来を任せるに足る政治家がいなければ棄権もするでしょう。こんなくだらない選挙はこれきりにしてもらいたいものです。選挙権年齢を18歳にしたのだから、若者が希望の持てる政治を。

※写真は畑に咲く豆の花~政治と違い、いずれ必ず実を結びます。

10月10日(火) 「今日は何の日?」

 53年前のきょう、東京オリンピックの開会式がありました。晴れの日が多いこの日に決まり、24日の閉会式まで15日間の大会だったようです。小学1年生だった当時、通っていた分校の講堂でテレビ観戦した記憶がかすかにあります。講堂なんて知らない方が多いでしょう。体育館のようなものと思っていただければ、ほぼ間違いありません。

 自宅にはテレビが無かったので、のちに観た感想を当時の記憶と勘違いしているのでしょう、バレーボールの「東洋の魔女」や重量挙げの三宅選手、そしてマラソンのアベベ選手らが金メダルを獲得したのを覚えています。特にアベベは裸足のランナーとして有名だったと。

 その東京オリンピックを記念して10月10日は「体育の日」に定められました。ところが平成12年の祝日法の改正により、第2月曜日に変更となりました。それから18年が経過したにもかかわらず、私の頭の中の体育の日は今でも「10月10日」です。

 第2月曜日になじまないうちに、「スポーツの日」に衣替えするとのニュースも流れました。解散総選挙で一旦はご破算になったようです。しかし2020年の東京オリンピックを見据えた変更ですから、改選後のスポーツ議員連盟がいずれ法案を提出するでしょう。そして次回は真夏の開催が決定しているようですから「10月10日」は何の日だったか、忘れ去られるかもしれません。

※写真は近所の【キンモクセイ】

10月2日(月) 「モクセイ」

 彼岸花が終わりに近づき、「木犀」の時期がきました。彼岸花の開花は目で確認しますが、木犀はまず強烈な香りで開花を知り、その後に花を確認するというパターンです。

 我が家にあるのは「銀木犀」と昨年書いたのですが、先週末の帰宅時ほのかに匂っていました。翌朝確認すると花弁は随分と散っており、開花に気付かなかっただけのようでした。昨年が10月18日、一昨年が9月25日に開花したと、この欄で書いています。今年は先週の中ごろに開花したのだろうと推測します。

 木犀を「香る」とか「匂う」とか書いてきましたが、「臭う」と感じる方もいると思っています。まず「かおる」には「香る・薫る・馨る」の3つの字があてられ、いずれも良い感じのにおいとして捉えられます。いっぽう「におう」は「匂う・臭う」の2文字があてられますが、一般的に「臭う」の方は良くないにおい「臭気」の意味で使用されるようです。

 木犀のにおいは強烈過ぎて、好きでないと感じる方も多いと聞きました。花弁そのものは非常に小さく、におわなければ咲いているのかどうかも分からないのが「ギンモクセイ」です。「キンモクセイ」のほうは樹がオレンジに染まるので、銀木犀より開花は視覚的には捉えやすいようです。開花時期は年により違いますが、確実に秋がやってきていることは間違いないようです。

※写真は「銀木犀」の樹  明日から出張のため、3日間休筆します。

9月29日(金) 「消費税」

 昨日疑問に思った衆院解散時の『バンザイ』、答えが今朝の「天声人語」にありました。【昨年政界を引退した江田五月氏が自著で「士気を鼓舞する」「いちばん無難なかけ声」「ヤケッパチの絶叫」の3説を挙げる】とのことです。

 「国難突破」や「自己保身」など、立場が違えば名称も変わるが、「消費税の使い道変更」についても国民には賛否両論があるようです。会社経営者層=いわゆる上場企業のCEOクラスへのアンケートによると、消費税は当初の目的通り財政健全化に使用すべきと考える人が多数を占める。ところが一般市民への街頭インタビューでは、とくに子育て世代の主婦を中心に、教育無償化には多数が賛成している。

 これをうがった見方で解釈すると、CEOクラスは裕福なうえに子育ても終わっているから、自分や会社が納めた税金はプライマリーバランスの黒字化に使用すべきと考える。いっぽう子育て世代は、アベノミクスの恩恵も実感できないうえに格差社会により生じた可処分所得の減少で、教育費の重荷は身を持って感じているのでおおむね賛成。

 ただ、ここでちょっと考えてみると、財政赤字削減のための消費税を教育に使うのは赤字を先延ばしにするだけで、結果将来世代にツケを払わせるだけのはずです。社長たちとは違う意味で、消費税には手を付けず、教育無償化を実施するなら本会計で賄うべき、と私は考えます。有権者も痛みを伴う政策提言があっても良いのでは?

※写真はオレンジの彼岸花

9月28日(木) 「バンザイ?」

 今朝は久しぶりの青空で一日がスタートしました。9日からの3日間は全共のため仙台にいたので、宮崎で迎える晴れわたる朝は実に9月8日以来20日ぶりのことです。自分の日記に記録した天気ですから、地域によってはその間に晴れた朝を迎えたところもあるでしょうが。

 こんなすがすがしい天候に恵まれた秋が訪れたというのに、国会周辺は暗雲に包まれています。新党への雪崩的流出を見越した新体制の政党は、合流と分裂含みの方針を。最大与党も新党の勢いと、2回生を始めとする問題議員を多数抱え、連立を組む政党も新党との立ち位置に困惑しているようです。

 そんな状況でも、衆議院議長が解散の詔書を読み上げると、『バンザイ』の大合唱が議場内に。そして議員同士が抱き合う姿も放映されましたが、はたして再びバッヂをつけることができるのでしょうか。今日の登院が最後の議員もいるはずで、そんな不安を抱えた人が『バンザイ』と言うのもおかしい。

 バンザイの起源は知りませんが、国費を使って選挙が行われます。こんな無駄はやめるべきだと考えています。19日の当欄で書いたように解散特権を廃止するか、あるいは制限を設けるべき時機が到来したのではないでしょうか。いったん選任されたら任期いっぱい、そして力の限り働いてもらうのが最善だと思うのですが。首相の都合で我々まで選挙に関わらなければならない、大迷惑が掛かります。

※写真は事務所から見た午後の青空

9月26日(火) 「ことば PartⅢ」

 9月25日は政界でたくさんの「表明」がありました。新聞各紙とも若干表現が違うものの、ほぼ一様に「首相、衆議院解散を表明」が見出しとなっています。私が見た5紙では「発表」とか「明らかにした」は一切なく、全てが「表明」でした。

 かたや小池知事の新党立ち上げと代表就任については「表明」があり、「考えを示した」そして「考えを明らかにした」など、新聞ごとに違っていました。高村副総裁の次期衆院選不出馬については、「表明」が1紙のほかは「明らかにした」がありました。このほかでは谷垣前幹事長の政界引退は「発表」でした。メッセージだったからでしょうか。いっぽう小池新党への離党組の参加動向については「表明」でした。

 いずれもそれぞれの考えや思いを伝えたのに、報道に使用された表現は違っていました。広辞苑では「表明=考えや決意をあらわして明らかにすること」で、「発表=世の中へおもてむきに知らせること」や「考えを明らかにした」との違いはほとんどないに等しいのですが。

 それでも安倍首相の解散が「表明」で統一されているのは、辞書には書いてないことばの決まりがあるのか、それとも報道機関の取り決めがあるのでしょうか。やはり日本語は難しい部分が多いですね。昨日の日経『春秋』に、「日本の郵便制度の父といわれる前島密は漢字の廃止論者でもあった」とありました。これも一理、むべなるかな。これも日本語

※写真は庭の花

9月22日(金) 「ことば PartⅡ」

 ありました。前回「どこかの新聞に(たぶん)」は6月21日の「天声人語」でした。気になる記事などは切り抜いたり書き写したりしますが、整理整頓が下手でどこに収納したかが問題です。スクラップブックを探していたのですが、ノートに挟んだままでした。

 その天声人語では、言語学者の尾谷教授が「ございます」は「あります」を丁寧にした言い方だから、「思ってあります」と言わないので、これを丁寧化した「思ってございます」はおかしな表現だと。そして「思ってございます」は1973(昭和48)年に登場し、今世紀に入って急増したと書いてあります。

 折しも今日の朝刊各紙には、文化庁の「国語に関する世論調査」についての記事が掲載されていました。興味をもって読まれた方も多いと思ってございますが、本来の言い方と異なる、あるいは違った意味として理解する例がいくつもありました。「存続するか滅亡するかの重大な局面」を意味する「存亡の機(使う人83%)」など、私は当り前のようにこの間違った方の使いかたを記憶していました。本来の「存亡の機」を使う人はわずか7%だそうです。このほかにも本来の「足をすくわれる(26%)」より、間違いの「足をすくわれる(64%)」の方が定着しているようです。

 慣用句の意味でも「話のさわり」は「×話の最初の部分」ではなく「話の要点」、「ぞっとしない」は「×恐ろしくない」ではなく「面白くない」など、いずれも半数以上の方が、もちろん私も「×」の方と思っていました。こうなるとやはり10年後には「広辞苑」も大きく改訂されている、ということもありそうな気が?それはないか。

※写真は庭の花

9月20日(水) 「ことば」

 今年参加したある研修でのこと、主催者あいさつで「思ってございます」「なってございます」と最後まで「~てございます」の言い回しが続いた。情勢報告に移ってほっとしたのもつかの間、この説明者も「増加してございます」「考えてございます」と「~てございます」の大合唱。

 はたしてこの組織は、上から下まで全員がこのような言い回しをしているのだろうかと、ちょっと不気味に感じました。と言うのも国会答弁で、特に官僚がこの使い方をしているのが個人的に非常に気になっていたからです。

 そしてこの言い回しが普及する速度が大変速かった。いつの間にか国の出先機関に勤める職員が、そして地方公共団体は県庁から順番に役場職員まで、あっという間に広まったという風に感じています。さらにはJA関係の会議でも使用されるようになり、聞くたびにむずがゆさを覚えるのは私だけなのだろかと辺りを見回すこともあります。

 同じ思いの人はどこかにいるはずです、どこかの新聞に(たぶん)似たようなことが書いてあった記憶があります。ただ「ことば」というのは時代とともに変遷すると、これも何か別の機会に読んだ様な気がします。何となく違和感を覚えるこの言葉も、5年後には「現代用語の基礎知識」に、さらにその5年後には「新明解」に編まれているかもしれません。

※写真は全共審査会場の全体風景

9月19日(火) 「台風と秋風」

 台風18号は先週末から日本列島を縦断し、通過した各地に大きな被害をもたらしたようです。短時間豪雨や竜巻被害が発生しているようで、被災地や被災者には心よりお見舞い申し上げます。

 台風は通過後にさわやかな秋風を運んできましたが、同時に「解散」のニュースも連れてきました。8月の内閣改造前には「全く考えていない」と言っていたのに、支持率が上向いた今、臨時国会召集後すぐにというから驚きです。幹事長は総選挙へ向けて行動を始めたのに、総理は国連総会への出発時に「帰国後に判断したい」と矛盾する発言をしています。

 新聞各紙も「もり・かけ疑惑隠し」や「大義なき解散」から「消費税使途変更を問う」まで、様々な反応を見せています。総理大臣特権とはいうものの突然の解散は、野党の情勢や内閣支持率などを天秤にかけており、国民に目を向けず、まさに政治の私物化だと思います。

 与党の国会議員も国民の代表であることを自覚し、国民が本当に望んでいるのか確認すべきです。地元事務所に確認させればすぐに大勢は判明するはずですし、後援者からもある程度の情報は議員本人に直接伝わっているはずです。それでも「口をはさめない」のは選んだ国民が悪いのか、それとも原因の小選挙区制が悪いのか、あるいは選挙民を無視する解散特権はこの際廃止すべきか。こんな理由の解散なら喜んで投票するのに。

※写真は台風通過翌日、我が家から望む朝日

9月14日(木) 「惜しくも」

 9日からの3日間、宮城県仙台市で開催された全国和牛能力共進会に行ってきました。朝夕は上着が必要との情報があったのですが、終日半そでシャツで過ごせました。それどころか汗が出るような陽気でした。帰り着いた宮崎はとても蒸し暑く感じましたが、翌日は雨の京都へ2日間の出張、ばたばたの5日間でした。

 写真は、満員の共進会場内で休息中の来場者です。会場内は若いカップルや家族連れで大いに賑わい、牛肉の無料試食コーナーは炎天下にもかかわらず長蛇の列です。行列のないブースを見つけ駆け寄ると、整理券の配布が終わり準備中、次は2時間後とのこと。がっかりの連続で、とうとう試食の肉にはたどりつけませんでした。

 審査会場は、牛の入れ替えごとに退場者と入場者の交替があるものの、観覧席は常に満員の状態です。そして通路も常に混雑しており、観客席に空席があると係員がすぐに案内するので、座席を手放す覚悟がなければトイレにも行けません。ぎりぎりまで我慢した末にようやく席を起った次第です。

 地元から出品の「河野久徳さんと『こはる号』」の栄冠を期待したのですが、残念ながら優等賞2席、つまり3区全32頭中の第2位という結果でした。首席は鹿児島代表に譲ったものの、最終順位が決定するまで審査員が何回も2頭を見比べ、観客がかたずをのむ中ようやくの判定が下った結果です。よく頑張ったと思いますし、首席の牛には申し訳ないが、たぶんどちらにするか審査員も迷ったのだと勝手に推測します。もう次回鹿児島大会への準備があちこちで始まっていることでしょう。

※写真は会場内「焼き肉テント」の陰で暑さをしのぐ入場者

9月8日(金) 「全国和牛能力共進会」

 第11回全国和牛能力共進会が始まり、初日は「高校の部(復興特別区)」の結果が発表されました。初代日本一に飛騨高山高校が輝きました。おめでとうございます。

 宮崎県代表の高鍋農業高校は日本一を逃し、惜しくも総合2位でした。ただし、牛の評価ではトップの成績で、取り組み発表を含めた総合評価での結果だったようです。昨日の午後時過ぎ、「高鍋農業高校が1位」との第一報が入り、大いに喜びあいました。

 ところがその十数分後、総合では2位との修正報告。第一報は牛の評価結果であったことが判明しました。学生だけに生体審査だけでなく、取り組み発表の審査もあったようで、この仕組みを知らずに第一報の生体審査だけを総合評価と勘違いしました。実際に臨場してないのだから前回の「10数える」位の落ち着きが必要だったかも。それでも2位は立派なものです。この成績と高校生の頑張りが今後に繋がることを期待し、拍手喝さいの地元です。

 いよいよ今日からは39道府県の農家が競い合う審査が始まります。それぞれが代表の意地をかけた争いになるでしょうし、宮崎県は「3連覇」の夢があります。連覇実現の応援に、そして地元代表「河野久徳さんと『こはる号』」の栄冠を後押しに、応援団と一緒に明日現地に向かいます。

※写真は県代表決定を祝う懸垂幕。これが『優等首席』を祝う幕に!!

9月5日(火) 「10数える」

 宮崎日日新聞の「ことば巡礼」に、次のことばが掲載してありました。『腹が立ったときには口を開くまで10数えよ、非常に腹が立ったときには100まで数えよ』トーマス・ジェファーソン(17431826)アメリカ合衆国第3代大統領。

 まさに今日はそのような場面に直面しました。この言葉を記憶していれば、後々まで尾を引くような気分の悪さは生じなかったはずですが、人間として大成していない自分は10を数えるどころか、すぐに口を開いていました。そして自分の発した言葉は脇に置いて、相手の言葉だけがささくれ立った自分の気持ちに突き刺さった感じでした。

 あいだみつをさんの書にも感覚的に似たようなものがあったような気がします。たしか「身からでたさびと思えば心しずまる。身からでたさびと思えどはらがたつ。どっちもわたし」だったような、間違ってたらごめんなさい。「後悔先に立たず」後で反省する、反省しながらも無性に腹がたつ、まさに格言通り、そしてあいださんの書の通りです。

 幼少の頃から「もう少し気を長く持てれば」と考えていたし、親からも指摘されていましたが、性格を修正できずにこの年齢になってしまいました。次回こそは「10数えてから」言葉を発するつもりです。

※写真は庭の花

9月1日(金) 「季節」

 朝夕の空気から「じっとり感」が抜け、やさしさが混じりはじめたのですごしやすくなりました。行き交う車も10台に1台の割で窓を開けているようなので、昨日・今日とエアコンのスイッチを切り、ウィンドウフルオープンでの運転です。窓からはいる風にも、少し秋の気配が交じっています。

 今朝のラジオから流れた読者の便りは、メールの文章が「熱中症に気をつけて」から「風邪に注意して」に変わったと、こちらも季節の変わり目を感じる内容でした。そして9月になったことを最も強く感じたのが、小学生の通学でした。2学期が始まり、集団登校の列も元気よく、時にはふざけている子もおり、夏休み前より通学の時間がすこし早くなったような気もしました。

 確実に早くなったのは日の入りで、夏至の頃と比較すると50分ほど早くなり、一方日の出は40分ほど遅くなっています。都合1時間半ほど昼が短くなっています。そして今月下旬の彼岸の頃には、日の出が6時頃、日の入りは18時頃で昼と夜がちょうど半分ずつの季節を迎えます。その頃には露地園芸も施設園芸も収穫や植え付けでてんてこ舞い、彼岸どころか農家は猫の手も借りたい時期となります。

 昨今は四季の区別がつきにくく、昨年も長い夏の後に秋を感じないまま冬を迎えたように記憶しています。そうなると作物の成長にも異変をきたしますので、栽培管理が困難になります。順調な季節の移り変わりとなり、大きな災害のない秋を迎えることができるよう願っています。

※写真はJAの花壇

8月31日(木) 「年齢」

 8月も今日で終わり、月日の経過は早いものだとつくづく感じます。今月の最初の記事は、北朝鮮のミサイル発射や民進党の代表の辞任でスタートしました。そのミサイルも一昨日には日本を横切る新たな軌道で発射され、代表選の投開票は1カ月以上も先と伝えられたものの、もう明日がその日です。

 月日の経過が早いので齢を取るのも早くなり、一昨日の「生活習慣病検診」では、体のあちこちに加齢による障害が生じているようでした。長年にわたり使ってきたことによる基礎体力の劣化や、酷使し続けてきた内臓にも我慢の限界が訪れているとのことです。乗用車なら車検で部品交換となりますが、人間はそうもいきません。

 終了間際には看護師さんに暖かい指導をいただいたので、今日は休肝日と決めた矢先、そんな日に限って飲み会が飛び入り。非常勤理事の研修が終わり、反省会をするからとの連絡です。はじめのうちは乗り気でない宴会も、時間の経過とともに調子に乗り、結果飲み過ぎです。

 こんな生活では体調も良いはずがないと判ってはいるものの、なかなか聖人君子になれない自分がここにいます。こんな生活に浸る息子を脇目に、大正末期に生まれた父は今日91歳を迎えます。さて、そんな父のめでたい誕生日を、今夜は祝いの酒でにぎやかに過ごすつもりです。

※写真は庭の花

8月29日(火) 「老人と焼き肉」

 人に誇れることではありませんが、今年も熱中症を経験しました。連日の熱波にうんざりしています。天気予報を見ると北陸から東北地方にかけては連日の豪雨で、東京も太陽を見ない日が続いたようです。水が欲しい地域、太陽の光が欲しい地域と、地球規模では狭い日本でもその広さを実感します。

 日本に限らず世界各地で豪雨が発生しているようで、とくにアメリカではハリケーンの直撃を受けた地域が瞬く間に水浸しになる様子がニュースで放映されています。日本と違うのは大平原の国なので土砂災害の報道はないようですが、高速道路が瞬く間に湖のようになるなど、洪水の規模と浸水の速さはけた違いに感じます。

 「もしもの時に備えて」非常に大事なことでしょうが、自分の身は自分で守る覚悟が大切なのでしょう。私の住む地区は全戸が危険区域に建っており、避難警報が発令されても足が達者でない老人が多いので移動する方が危険な地域です。それでも住み続けるのは引っ越すあてもなく、「もしも」は「しょうがない」と受け入れる覚悟も備えているからでしょう。達観した老人の住む山村です。

 今日は語呂合わせで「焼き肉の日」だそうです。全国和牛共進会も近づきました。全共3連覇を願い、昨今の暑さを乗り切るためにも、スタミナいっぱいの宮崎牛焼肉は如何でしょうか。私の住む地区も、次の日曜日は地区内道路の除草作業です。熱中症にならないように、そして反省慰労会には焼肉となればいいが?

※写真は庭の花

8月28日(月) 「語句の解説」

 前回の「夏やすみ」にいくつかの反響をいただいたので、今回はその点について解説します。

 まず「宿題」について。現在は登校日にチェックするので順調に消化しているとのこと。だから宿題をしていない子供はいないとのことでした。そのうえ涼しいので図書館が遊び場所だそうです。余計な心配でした。

 次に「墨を磨(す)る」。現在は墨汁があるようですが、当時そのような物はなく硯(すずり)に入れた水を墨で丁寧にこすり?墨液を作っていた。「粘りが出るまで」と指導されていたので、とにかく時間がかかり、嫌だった記憶しかない。

 「川で泳いだ」のは、当時私の通った分校にはプールが無く、すぐ下を流れる川をせき止めて水泳の授業をしていた、そんな環境だったからです。5年生から通学した本校や中学校にもプールは無く、500メートルほど離れた所にある町営プールを利用していました。だから当時、近所を流れる川はどこでもプールだったし、遊泳禁止場所も無かったような気がします。そして泳ぐだけでなく、川魚を捕っていました。傘の骨や自転車のスポークにタイヤチューブのゴムなどを利用した「水中鉄砲」なる物を拵え、これが魚捕獲用具でした。現在なら危険だから禁止となる代物でしょう。

 田舎の山育ちでクワガタやカブトムシはそこら辺でいつでも採取できたので、とくに夢中になった記憶がありません。残念ですが、今ではクワガタを見かけることもなくなりました。これが時代の流れと環境の変化がもたらした産物でしょうか。

※写真は庭の花

8月24日(木) 「夏やすみ」

 小学校の前を「あと1週間もすれば、日焼けした元気な子供たちが」と、そんなことを思いながら通勤しました。そして、宿題を済ませてない子がどこかにいるのではと心配しながら。

 私の場合、今日はまだ余裕ですが、1週間後の8月31日は後悔だらけ、全く手付かずの『宿題』に追われたからです。やっと買ってもらった栄養補助剤『カンユ(こんな名だった?)』は1日1粒ずつだが甘くておいしいから数日で無くなったのに、『夏休みのとも』は2~3ページしか済んでない。すべての空欄を埋められるはずもなく、「これでいいや」と心の整理がつくのが午後の一番暑いころ。それから『習字』。墨を磨(す)る時間の方が長いくらいで簡単に終了。『絵』もさっさと済ませる手際の良さ?これなら夏休み初日にやっておけば良かったと思うのが凡人の凡人たる所以。『日記』は川で泳いだことしか思い浮かばず、「家族旅行」も行ったことがないので、適当に花火やクワガタ捕りを挿入して一件落着。ウソで固めた日記は天気も間違いだらけ。

 一番の難題は『昆虫採集』や『植物採集』。取り掛かるのが最後で暗くなった頃にようやくスタート。懐中電灯を手に、池の周りの雑草類を引っこ抜いてきて画用紙に貼るだけの『植物採集』。電燈に集まった昆虫を捕まえただけの『昆虫採集』もありました。もちろん「なまえ」や「採集日」はありません。植物は青々としており、昆虫はまだ重量感がありました。

 そんなことを思い出しながら今朝は出勤しました。優等生の作品はきれいな絵画に丁寧な習字、そしてツユクサやアサガオは完全に乾燥し、説明付きで製本までしてあります。菓子箱に脱脂綿が敷き詰められ、虫ピンできれいに整理された昆虫標本。これらは夏休みの作品展へ。自分の宿題は昨日作ったと、たぶん先生もわかっていたはず。昨日の事のように記憶している夏休みの思い出です。

※写真は庭の花

8月22日(火) 「頑張れ!」

 今日は管内農業法人「協同ファーム」の繁殖豚舎建設地の地鎮祭に行ってきました。写真は式典終了後に挨拶をする代表の日高義暢氏(写真正面ブルーのポロシャツ)で、同行した養豚課職員が撮影したものを掲載しています。

 8月16日付の当欄に書いたように、小規模養豚農家の廃業が進むなか、7年前の口蹄疫がさらに追い打ちをかけた結果、今では一貫生産を行う23戸だけで養豚部会を構成しています。その中でも規模の大きな協同ファームが、さらなる規模拡大を図り、今回の豚舎建設を計画しました。

 現在、同農場は母豚500頭で、年間1万頭を超える肉豚を出荷しており、従業員も30代を中心に15名を雇用しています。写真左手前に写るブルーのポロシャツを着た若者たちが従業員です。この従業員をまとめ、さらにはJA尾鈴の養豚部会を引っ張りながら、そしてTPPに日欧EPAなどの障壁を視野に入れながらも、さらなる飛躍を目指したチャレンジは、心から応援したくなります。

 養豚は牛と違い、飼料はほぼ全量を購入で賄います。だから輸入穀物の高騰に為替相場の変動など、その障壁は高まるばかりです。さらに数年後には豚肉の輸入関税が一律50円/kgとなります。そんな暗い情勢を、未利用資源(コンビニやスーパーで廃棄される賞味期限切れの食品)を利用するなど、様々な手法で明るい道を切り拓く。そんな安全・安心を追求した宮崎の豚肉、JA尾鈴の豚肉をぜひ食してみてください。

8月21日(月) 「元号と西暦」

 今日の天声人語(朝日新聞)は「ある省庁の会議での『平成41年度までの・・・』発言にメモを取る手が止まった」との内容で始まっています。コラムでは天皇制と元号について書かれています。平成は29年も経過したのに、自分の場合は今でも「平成何年?」と考える場合があります。昭和生まれの哀しさでしょうか、文書を作成するときなどに職員に尋ねています。

 机の横に掛けているJAのカレンダーには西暦だけしか書いてないので、尋ねる相手が近くにいない場合は手帳の「年齢早見表」を利用するしかありません。「平成」と書かれた紙をカメラにかざし、元号が変わったことを伝えたのは、後に総理大臣になった当時の小渕恵三官房長官だったと記憶しています。その映像は記憶の底にあるのですが、今が「何年?」となると別問題です。

 昭和の場合、昭和元年が1926年ですから西暦の下二ケタから25を引いた数字が昭和となることを小学校の頃に覚え、2000年を過ぎてからは75を足しているので換算は簡単にできます。なぜなら父が大正15年(昭和元年)生まれで、年齢の計算をするのに重宝しているからです。今年は昭和92年です。

 ところが平成元年は1989年なので、4ケタの引き算をする必要があり、今年は「2017-1988=29」と即座に計算できません。これを書きながら、たった今気が付いたのですが12を足せばよいのですね。私の中の「昭和」と「平成」の違いはたったそれだけのことで、天皇制について語るつもりは毛頭ありません。

※写真は夏の花

8月18日(金) 「総代研修会」

 今年は総代改選の年だったので、午前中に「総代研修会」を開催しました。半数ほどは引き続きの総代だろうと想像しますが、当然初めての方もいらっしゃるはずです。そんな方だけでなく、過去に経験された方にも参加いただけるよう担当部署は企画したようです。

 第1部は当JAで作成した「JA総代の手引き」を教科書にして、中央会の部長にわかりやすく説明していただきました。我々だと説明に慣れていないからどうしても早口になり、しかも法令の詳しいことまで頭に入ってないので、棒読みの説明になりがちです。そこへいくと中央会の部長クラスは、JAの依頼で多くの経験を積んでおり、そして流ちょうに話すので安心です。

 第2部は日本農業新聞の緒方論説委員に、「総合事業を守るために」と題した講演をしていただきました。まさに「餅は餅屋」の格言どおり、立て板に水ではありませんが、次から次に官邸の裏側や過去の政治風景について面白く解説していただきました。講演を聞けばその記事を思い出しますが、全く忘れていたこともたくさんありました。そして「一つの事象だけでなく、全体を見渡して判断を」とのアドバイスも。

 研修が終わり出口に向かうと、組合員が部長のひとりと熱心に話しておられたのですが、私を見るなり「今日の研修は良かった。総代は何回もやったが、研修会には初めて参加した。今度からは必ず参加する。」と。この組合員は総代会や座談会でもよく発言される方で、過去には私と口論になったこともありますが、このように言っていただくと大変うれしいもので「そういう風に言われると、やった甲斐があります。」と、気分よくお返しできました。

※写真は緒方氏の講演のようす(担当部署・神谷君の写真を拝借)

8月16日(水) 「役目は終えたが」

 しばらく休筆していたら、終戦の日も終わり月遅れの盆まで終わろうとしています。立秋も過ぎたのに猛暑のほうは衰えるようすもなく、そんな暑さの残る今日、当JAの一施設が撤去された跡地を確認してきました。

 施設は通称「相見(そうみ)養豚場」と言っていましたが、設置当時の正式名称では「農協養豚相見共同肥育場」となっています。総面積96,000㎡の敷地に肥育豚舎6棟と、写真には写ってないが右の方に堆肥舎と尿施設の2棟がありました。

 昭和57年の設置ですから今年で35年の役目を終えたことになります。当時の養豚農家は子豚生産を主業とし、肥育までの一貫経営農家は限られていました。そんな農家の規模拡大の手助けとして、共同養豚場がつくられたのだと思います。時代は移り、小規模農家は廃業する一方、残った農家は規模拡大と一貫生産へ移行していきました。その結果、共同施設は用をなさなくなり、施設の撤去となりました。

 いったん壊れかけたTPPも11か国での修正協議が進みそうです。さらにその隙をついてEUとのEPAが成立し、豚肉関税は最終的にTPPと同水準のキロ当たり50円になるようです。国内農家は安全・安心をスローガンに良質の肉を消費者に届けようと、様々な取り組みで生き残ろうと模索している最中です。政治がこの火を消すことのないよう願うばかりです。

※写真は左が「新築時」右が「撤去後」

8月8日(火) 「地方創生」

 台風の通過した昨日は昼前から非常に蒸し暑くなり、午後の日差しと湿度は私の限界値を超えていたように感じました。今日は北陸から関東にかけての地域が台風の影響下にあるようで、相変わらず河川の氾濫が報じられています。

 そんな台風情報の報道で、避難警報発令に伴う対象戸数と住民数の関係性について気付いたことがあります。警報が発令されると避難地区名と戸数・人数が「○○村80戸 150人」「△△市▼▼地区500戸 1,200人」と、アナウンサーの声と共にテロップでも流れます。

 対象地域となった1戸当たりの住民数は村は少なく、まず2人以下がほとんどで1.5人をやっと超えたくらいの地区もあります。これが大きな市や町になると平均2人以上になっています。記録したわけではないので、そうでない場合もあるでしょうが、大体その通りです。昔の農村地域は3世代同居が当たり前で1戸当たりの住民も多く、ともすれば4世代10数人の家族構成も珍しくなかったでしょう。逆に都市部は核家族で、少人数の世帯が多かったはずです。

 時代が変わり、農村部の過疎化が進み高齢者夫婦だけや、独居老人のみの少人数世帯が蔓延していると思われます。そうなると山村地域の環境維持はますます困難を極め、豪雨のたびに土砂崩れや流木の発生といった負の連鎖を断ち切ることができません。東京一極集中ではなく、こんな今こそ、こんな地方にこそ政治が力を発揮する時ではないでしょうか。

※写真は夏の花

8月4日(金) 「台風」

 夏祭の様子は、4枚の写真と共に今日の宮崎日日新聞で大きく紹介されていました。プロの撮影したものはさすがに違います。あたかもアングルとシャッターチャンスが用意されているような写真には脱帽です。

 さて台風5号ですが、勢力が弱まる気配がないうえに、宮崎県にとっては最悪の進路予報となっています。昨日書いたように、早期水稲の刈入れが本格的に始まる時期なのに、朝から時々雨が降るので稲刈りのできる天候ではありません。台風が通過して、田んぼの水が引きコンバインが使用できるようになるまで待つしかない状況です。

 台風は暴風雨を伴うので稲が倒伏し、田んぼに水が溜まったままだと発芽することもあります。収穫最盛期を迎えたブドウやハウスミカンへの被害も心配されるし、風に弱い梨の落果も避けられません。それ以外にも、オクラやシシトウなど現在収穫中の作物を持つ農家は、不安でいっぱいです。そして陽熱消毒中のハウスでは、ビニールを剥がすか剥がさないかの判断も必要となります。

 今ほど施設園芸が盛んでなかった昭和の時代、台風は生産調整の役目を持っているとさえ言われたと聞いた記憶があります。ところが昨今の気象は異常が当たり前、局地的な豪雨が各地で度々発生し、地域を根こそぎ破壊しています。日本近海の海水温が高いため、台風5号も衰えるどころか、逆に発達しないかと心配です。被害が最小限に納まることだけを祈っています。

※写真は稲刈り体験の様子

8月3日(木) 「夏祭」

 休筆中に世間では様々なニュースや事件が発生しました。北朝鮮のミサイル発射、防衛省では陸上幕僚長・事務次官に防衛大臣までが揃って辞任、さらには二重国籍問題を解消した矢先の蓮舫代表も。「10年ひと昔」といいますが、7日もあれば世の中は大きく変わることの証明であったような気がします。

 昨日はそんな世間を横目に、管内にある都農一の宮神社の御神幸行列の一員として、炎天下、麦わら帽子だけを頼りに都農町内を練り歩いてきました。写真は夕方のお宮入り直前の様子を行列の中から撮影したもので、写真左の神輿を花で飾られた太鼓台が追いかけているところです。太鼓台は道幅いっぱいに見えますが、じつは縦一列に4台が並んでおり、それぞれが飾り付けに工夫を凝らしています。撮影の技術が劣るため観客は少ないように見えますが、道路の両側は溢れんばかりの人だかりです。

 この場所から200メートルほど進んだ鳥居前は、それこそ歩道や石垣の上まで「お宮入り」を一目見ようと集まった人達で身動きもできないくらいです。以前このコーナーで、「東京の駅は毎日が都農の夏祭のようだ」と書いた記憶がありますが、それ以上です。孫と夏祭見物に来ていた長男の嫁は「こんなに都農に人がいるとは思っていなかった」との感想を口にしていました。都農出身者はお盆でなく、夏祭の8月1・2日に帰省する人間が多いことを説明しておきました。

 例年夏まつりが終わると本格的な稲刈りシーズンに入りますが、今年は台風5号の影響が非常に気になるところです。倒伏を避けるため、早めに刈りいれた農家もあるようです。

※写真は都農神社夏祭の様子

7月26日(水) 「交通安全」

 自転車の高校生などがスマホを操作し「ながら運転」がマスコミに取り上げられますが、社会人のマナーも今一度見直すべきではないかと思っています。自分も含めて。

 運転中の携帯使用が「減点」となってしばらくは、ハンドルを握ったまま通話している人は減少したのですが、今では結構な数の違反を目にします。

 現在夏休みで、出勤途中に小中学生は見かけませんが、横断歩道を渡ろうとしている子供がいるのに、無視して通過する車の多いこと。これも違反のはずです。

 田舎ほど、そして大変失礼な言い方かもしれませんが高齢になるほど、方向指示器の点滅が進路変更直前になる傾向にあるようです。

 逆に法定速度は高齢者ほどよく守る?というか、それ以下の場合もあり、高速道路では追い越し車線のないところを50キロで走る車もあり、後続車両がイライラしているのを見かけます。逆に一般道で、学校近辺は40キロ規制なのに高速で走行する若い人を見かけます。

 こんなことを書いたのは、定期の役員コンプライアンス研修で最初に「運転免許の法令講習」のようなものと説明があったからです。「コンプライアンス」=「法令遵守」と日本語では訳されますが、はたして交通法規を守っているだろうかと自問してみました。ずっと「ゴールド」免許ですが、実際には検挙されてないだけで制限速度違反はしょっちゅうです。「制限+10キロ以内」と考えているのですが、標識を見落とすこともあり、結構違反していると思います。

 これを機会に再度気持ちを入れ替えて運転します。みなさんも交通安全を意識して運転を!

※明日から8月2日まで、このコーナーは休みます。

7月24日(月) 「台風」

 梅雨明け以降の九州南部は日差しがきつく、朝晩の涼しさも感じない、うだるような熱暑が続いています。それに引き替え北陸から東北、そして北海道に至る地域では局所的な豪雨が発生し、河川の氾濫が日常風景のように報道されています。

 昨年までは、異常気象が当たり前というようなことを当欄でも書いたように記憶していますが、異常気象を通り越して「狂った地球環境」としか表現しようのない現象です。インタビューを受ける老人の「生まれてこの方経験したことがない」と言っている声が震えていました。まさに狂気の沙汰が繰り広げられています。

 そんななか台風5・6・7・8号が発生しているようです。7号と8号は大陸方面に向かうとしても、5号6号の今後が気になります。特に5号は大型になりそうな気配があり、その進路もジグザグさらには行ったり来たりしながら中心気圧が低下しているようです。こんな台風は過去にもあり、どんどん発達し大きな被害をもたらした記憶があります。

 先週末から宮崎では早期水稲の刈り入れが始まったので、収穫が終わるまでは上陸して欲しくありません。関東地方の水がめと呼ばれる地域に、慈悲の恵みを与えるだけの雨なら感謝ですが、災害をもたらす豪雨となると話は別です。1時間に50ミリを超える豪雨でなく、ダムや田んぼを潤す程度の熱帯低気圧に変化してくれることを期待しています。

※写真は熱暑のなかの花

7月20日(木) 「チャイルドシート」

 今朝、前を走る軽乗用車の後部座席に2~3歳くらいの女の子が乗っていました。現在では当たり前のようにスモークフィルムが張ってあるので、こどもが乗っていてもわからないはずですが、座席で飛び跳ねていたので、それと分かりました。

 信号で止まると、その子は後ろを向き、背もたれの上から、すぐ後ろの私に向かって手を振り笑顔を見せているのがわかります。かわいいその笑顔はフィルム越しにもはっきりと見えますが、あえて無視することにしました。

 手を振ってやれば喜ぶでしょうが、信号が青になり、発進したのちもたぶんその状態を続けるだろうと思ったからです。私にも孫がいます。考えすぎかもしれませんが、もし急ブレーキをかけるようなことがあったらどうなるだろうと思うと、とても手を振ってやれませんでした。出勤前に読んだ宮日新聞の特集で、「チャイルドシート」が取り上げられていました。それによると、チャイルドシート不使用者の死亡重傷率は使用者の約22.5倍と書いてありました。

 6歳未満に使用義務があり、違反点数1点です。宮崎県の使用率は55.9%で、全国38位、全国平均の64.1%を大きく下回っています。かわいい子供を、そして孫を守るため、違反点数の為でなく交通事故という不慮の災害から守るため、皆が使用することを願います。

※写真は庭の花

7月19日(水) 「何個分?」

 ニュースやクイズで「東京ドーム何個分」といった表現が使用されることがあります。広さ(面積)や量目を比較する場合に用いられますが、これって日本人の常識なのでしょうか?

 面積での比較なら、地元の町営球場に観客席分を加えて「1個分」と想定すれば、おおよその想像はできます。しかし実物を見たことがないので、量(容積)で「ドームの10個分」といわれても全く想像がつきません。土砂や流木が「何個分」と表現されても、多いのだろうと思うのが精いっぱいです。元の数字をわざわざ東京ドームに換算しなおして報道することにも無駄があるような気がします。

 もっとストレートに表現すれば判定しやすいのでは?何万ヘクタールとか何万立方メートルとか。度量だけでは判断しづらいのであれば、「ドームは何千平方メートル」だから「その何個分」とか、「ドームは何万立方メートル」だから「その何個分」というふうに解説を付ける。そうすればドームに行ったことのない私でも理解できるのではないでしょうか。

 耕作放棄地の場合も「○○県と同じ面積」と表現されることがあります。比較対象としては正確なのでしょうが、それが実際にどれくらいか、その県(たとえば滋賀県)は宮崎県より広いのかそれとも狭いのか、そもそも宮崎県の面積は?など疑問は尽きません。私だけでしょうか、こんなバカなことを考えるのは。たぶんそうでしょうね。

※写真は庭の花

7月18日(火) 「熱中症Ⅱ」

 夏の太陽が顔をのぞかせた時間もありましたが、おおむね曇り空、午後には雨も降りました。昨日と比較するとずいぶん過ごしやすい天候でした。そんななか当JAの農業者・後継者野球が開催され、熱戦が展開されました。今の時間は反省会の最中でしょう、勝ち残った「七八会」と「都南」の2チームが27日に決勝戦です。

 きのうは特に予定も無かったので、高校野球の県予選を観戦してきました。母校がめずらしく1・2回戦を突破し、ベスト8をかけて試合をするようなので、もしかしての期待を胸に高速道路を飛ばして出かけてきました。妻も父も暑すぎるから行かないとのことで、一人での参加です。

 前の試合が同点となり延長戦に突入したため、保護者を含めたスタンドの応援が一球ごとに高まっていきます。カンカン照りの下、メガホンを手に必死の応援です。日陰で見ているこちらでさえ、熱気をむんむんと感じるのに、日光を遮る何物もない外野席での応援は、感動ものです。

 1時間以上遅れての開催となりましたが、延長戦の余韻もさめようやく始まった母校の試合、驚いたことに控えの選手たちは帽子もかぶっていませんでした。坊主頭のまま、両手にメガホンを持ち、太鼓の音に合わせ、選手ごとに違う歌と踊りで大合唱です。熱中症が気になる当方とは違い、直射日光をもろに浴びての華麗なる応援です。残念ながらベスト8はかなえられませんでしたが、熱中症をも吹っ飛ばす応援に、若者のたくましさを感じた海の日でした。

※写真は農業者野球の様子、今年のではありません。

7月13日(木) 「熱中症」

 昼前に、ようやく梅雨明けが宣言されました。明日からは晴れが続くようですが、同時に熱波も襲来するので、熱中症には注意が必要です。特に自分に当てはまる注意情報で、過去に参加したゴルフコンペで発症した経験があります。

 熱中症を軽く考えると大きなしっぺ返しに会います。自分は大丈夫と考えていたので、最初の血流「ドクン、ドクン」を感じた時はどうしたのだろうくらいの気分でした。時間の経過とともに頭痛がし、グリーン上でパットのラインを見るために腰をかがめた瞬間から頭が「ズキン、ズキン」に変わります。この症状はたぶん心臓と頭の高さが近づくので、血流が強くなり毛細血管を刺激するからでしょう。その結果集中力も無くなり、ゴルフなんてどうでもいいといった気持になります。まさに熱中症の最終的な症状で、その時はもう手遅れです。

 体が内側から熱を発しているような感じで、水風呂に浸かっても、冷水シャワーを浴びても気力は回復しません。後頭部を冷やして寝るのが、私の場合最善の回復方法だったと記憶しています。ひどくなると入院・点滴が必要な場合もあるそうですから、皆さんも十分注意してください。

 「ようやく梅雨明け」といったものの、平年より1日、昨年よりは5日早いそうで、希望と現実にギャップが生じると、どうしても「ようやく」という言葉を選んでしまします。九州北部の災害復旧にとって梅雨明けが近づくのは朗報でしょうが、消防隊員やボランティアにとっては厄介な現象かもしれません。水分補給をこまめに、そして熱中症には気をつけて。

※写真は庭の花

7月11日(火) 「願いⅡ」

 全国和牛能力共進会宮城大会に向けた県代表牛の最終選考会で、当JAの生産者、河野久徳さんの出品牛「こはる」が見事代表の座を勝ち取りました。

 代表となった「若雌の部3区」は、生後17~20カ月未満のメス牛を対象とした区分で、5年前の長崎大会では県代表どころか、当JAの代表牛が全国一となった分野です。そして品評会の講評では、「今現在の理想の牛」という、過去に聞いたことも無いようなすばらしい評価を受けた『優等首席』でした。

 そんな経歴を持つ産地だからこそ、県代表を逃してはならないというプレッシャーは相当なものだったろうと想像します。そして出品者は違えど同じ3区での選出ですから、宮城大会への地元の期待も一段と大きなものがあります。

 郡代表から県の選考会までの期間、生産者はもちろん畜連の職員、そして当然のこと我がJAの職員が協力し合って、手入れや運動などに取り組んできました。全国共進会までのあと2か月、さらなる試練を乗り越えることができるよう、我々役員も側面から最大限の支援をするつもりです。願いは宮崎県の「V3」

※写真は河野久徳氏(左)と「こはる」

7月7日(金) 「願い」

 一週間前の前々回に「降らなきゃいいが」と書いたものの、結果は願いかなわず、水道メーター検針は雨の中のスタートでした。5時に始めるつもりでしたが、雨と暗さのため30分ほど遅くなったうえに、雨合羽でムシムシ、伝票が濡れるので手を拭く必要もありました。

 それでも半数を終えた時点で雨が上がり、合羽を脱いだので非常に涼しく感じ、その後は順調に進み無事に終えることができました。それに引き替え九州北部の豪雨、大雨特別警報は解除されましたが雨は降り続き土砂崩れに河川の氾濫、自然の猛威をまざまざと見せつけられています。

 唐津での九州地区女性部リーダー学習会に駆け付けた応援団一行は、豪雨の影響をまともに受けたようです。二日目が終了するとすぐに会場を後にしたものの、高速は通行止め、国道や県道に回るとあちこちで道路が寸断、そして濁流があふれ迂回路を探すといった状況だったそうです。

 昼食を予約していたレストランにもたどり着けず、昼前に現地を出発した一行が帰着したのは夜中の11時過ぎだったとのことです。今朝女性部の副部長が来所され、昨日の応援に対する感謝の言葉をいただいた後、そのように話されました。七夕の短冊には「これ以上犠牲者が増えないように」「早く復旧できるように」と。皆で願いたいですね。

※写真は庭の花

7月6日(木) 「記録的」

 「サラダ記念日」と新聞で知り、ラジオも「7月6日木曜日、今日はサラダ記念日です」と告げる。短歌に詠まれた日が記念日になるなど、他に例はないと思うのですが、なぜ『サラダ記念日』なのか知らない若い人も多いのではないでしょうか。その作者、俵万智さんは現在宮崎市内にお住いのようで、宮日のコラムニストとしても活躍されています。

 JA女性部の九州地区リーダー学習会が5~6日の予定で、佐賀県唐津市で開催されたので、1日だけ参加してきました。東九州道から大分自動車道、そして長崎自動車道から国道203号線を玄界灘のほうへ、片道330キロほどの行程を4時間あまりで到着しました。

 わがJAの女性部長が県代表として発表するので、応援に職員と二人駆けつけました。他の応援団は泊まりですが、行事調整がつかず日帰りのため、運転が交替できるように二人で行きました。一昨年の大分大会では、わがJA代表が見事九州一となり、全国大会へ進んだ実績があります。今回は惜しくも届かず、地元唐津代表が栄冠を勝ち取ったと昼過ぎに報告がありました。

 そんな唐津からの帰り、報道通りの記録的豪雨に遭遇しました。大分道が通行止めになる寸前に通り抜けたようですが、まさに「滝のような」がピッタリの降り方でした。ワイパーは役にたたず、車は60キロほどのゆっくりした速度で走行車線を一列縦隊でした。そのため復路は6時間ほど必要でした。被害が小さいうちに豪雨が止んでくれることを祈っています。

※写真は梅雨から夏にかけての花